札幌の観光名所・大通公園(歴史編)

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大通公園

大通公園が札幌を象徴する公園となるに至るまでには、
土地の使われ方についてかなりの紆余曲折もありました。

そもそも火事が燃え広がらないようにする
『火防線』としての役割を担う空き地だったわけですが、
札幌市の中心にある土地が遊んでいる状態にあったのですから
大きな問題にもなりました。

特に中心に近い2丁目から4丁目のあたりは
早くから催し事の会場などとして使われ始めていましたが、
明治時代の大部分において10丁目よりも西へ行くと、
屯田兵が練兵場として使用していました。

その後はせいぜいゴミ捨て場、雪捨て場といったかたちでの
活用にとどまっていて、
宅地にしようとする動きがあったほどでした。

 

それでも1908年になって
日本ではじめての公園デザイナーである長岡安平が
札幌市によって東京から招かれ、
散歩などをする逍遥地としての設計が委嘱されました。

1909年にいよいよ、
大通公園としての着工がなされることとなりました。

ちなみに長岡安平は、
中島公園や円山公園の設計にもたずさわっています。

1911年に工事は完了し、大通公園としてのはじまりを見たのですが、
その後すぐに日本が戦時体制へと突入したことから、
戦時中には1万坪にもなる部分がジャガイモなどの畑にもなってしまいました。

戦後もゴミ捨て場や雪捨て場になったり、
進駐軍の接収によって教会や野球場などがつくられるなどしましたが、
1950年からようやく公園として復活することとなり、
5年のうちに花壇と芝生が整備されました。

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